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大阪高等裁判所 平成6年(行コ)24号 判決

控訴人(一審原告)

塩見日出

右訴訟代理人弁護士

松本晶行

阪本政敬

千本忠一

川崎裕子

吉川実

竹下義樹

桂充弘

内海和男

工藤展久

被控訴人(一審被告)

大阪府知事 山田勇

右指定代理人

谷岡賀美

長田賢治

田辺利雄

田中宗弘

橋本均

西村正司

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人が控訴人に対し、昭和六〇年三月一九日付けでした国民年金障害福祉年金裁定請求却下処分を取り消す。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文同旨

第二  事案の概要

事案の概要は、原判決二枚目表一一行目の「以下」の前に「昭和三四年法律第一四一号、」を、同三枚目裏三行目の「同審査会は、」の次に「昭和四八年七月三一日、」を各加え、次のとおり控訴人及び被控訴人の各主張を付加するほか、原判決の「事実及び理由」中の「第二 事案の概要」欄一ないし三(原判決二枚目表六行目冒頭から同九枚目表一〇行目末尾まで)に示されているとおりであるから、これを引用する。

なお、以下においては、昭和五六年法律第八六号による改正前の国民年金法を旧法、昭和五六年法律第八六号による改正後の同法(昭和六〇年法律第三四号による改正前のもの)を法、昭和六〇年法律第三四号による改正後の同法を現行法という。また、昭和五六年改正前の「廃疾認定日」と同改正後の「障害認定日」を特に区別せずに「廃疾認定日」というときがある。

(控訴人の主張―その一)

控訴人の従来からの主張の要旨は、〈1〉控訴人は、昭和五六年の法改正によって国籍要件が撤廃されたことにより、本件附則がなければ、障害福祉年金(法八一条一項)を受給し得た。ところが、本件附則は、これを「なお従前の例による」として否定した。このように、本件附則は、それがなければ享受できた控訴人の権利、利益を侵害する極めて特異なものであり違憲である、〈2〉控訴人と同様の立場で障害福祉年金の支給対象となる者の数は、財政上ほとんど問題にならない程少数であり、一方、これらの者にとって障害福祉年金は生活を支えるための極めて重要な要素であるという生活実態があるにもかかわらず、このような状況におかれている控訴人に対し障害福祉年金を支給しないのは、国民の生存権をうたった憲法二五条に反し、立法裁量範囲の逸脱・濫用である、〈3〉国籍要件を撤廃し、従来、年金受給資格のなかった外国籍の者に対しても障害福祉年金等の年金受給権を付与しておきながら、障害福祉年金制度発足当時日本国民でなかったというだけの理由で、その後帰化して日本国民となっている控訴人に対し障害福祉年金を支給しないのは、法の下の平等を定めた憲法一四条に反するということであるが、これをいま少し敷えんして述べると次のとおりである。

一  本件障害福祉年金の受給要件と本件附則(難民条約整備法附則五項)の特異性について

難民条約整備法による法改正によれば、昭和五七年一月一日(施行日)以後における法の規定(うち本件附則を除く)による障害福祉年金の受給要件は、以下のとおりとなる。

1  国民年金保険加入のための国籍要件は撤廃され、控訴人は同保険への加入資格を取得した。

2  控訴人のように、満二〇歳前に同法別表に定める一級に相当する障害を有する者の障害認定日は、昭和三四年一一月一日であり、その日に国籍を有している必要はない。

3  控訴人には、法が定める制限所得を越える所得はない。

したがって、控訴人は、障害福祉年金の受給要件を満たしていたものであり、難民条約整備法による改正後で昭和六〇年改正前の法の構造(年金受給要件)からみて、本件附則がなければ、控訴人に対して昭和五七年一月一日以後の障害福祉年金は支給されたはずである。

本件附則は、原判決のいうように、決して法律不遡及の原則を確認した注意的なものではなく、逆に法改正によって改正法施行日から将来に向かって当然に発生するはずの障害福祉年金受給権を「なお従前の例による」として否定したものであり、本則の改正(国籍要件の撤廃)によって発生した控訴人の権利を、附則によって改めて否定し、侵害するものであって、附則としては極めて特異な効力を有するものである。

原判決が、本件附則がなくても、控訴人には難民条約整備法による改正後も障害福祉年金が支給されることがない、本件附則は注意的なものにすぎないとする点は、極めて不当な二重の誤解である。

また、難民条約整備法は、年金関係でいえば(そして法整備の全体としても)、狭義の「難民」だけに限定するのではなく、外国人に対し、国籍要件を撤廃することによって、年金受給権を認めようとしたものである。これに対し、本件附則は、そうした難民条約整備法の趣旨を否定し、あるいは不徹底なものにしてしまう規定であることは、本件附則による法的効果からみて明らかである。したがって、本件附則は、難民条約整備法の立法趣旨にも違反している。

二  改正法の不遡及的効力について

控訴人は、決して改正法の遡及的効力、すなわち、国籍要件を撤廃した改正法を、過去の事象である昭和三四年一月一日の法律関係に遡って適用し、その時点での控訴人の受給資格を問題にしているわけではなく、国籍要件が撤廃された昭和五七年一月一日以後における控訴人の障害福祉年金の受給要件を問題にしているだけであり、右受給要件の判断は、法の不遡及とは何ら関係のない事柄である。

国籍要件撤廃の効力が過去に遡らなくても、昭和五七年一月一日以後の時点で控訴人の障害福祉年金の受給要件を考えた場合、前記一で指摘したように、控訴人には同年金の受給権が発生しているのである。

仮に被控訴人の主張のように控訴人への年金の支給が改正法の遡及適用に当たると仮定した場合に、年金実務上明らかにこれと矛盾する改正法の適用がなされている。すなわち、後記五のとおり、昭和五七年一月一日以降の事後重障者で年金が支給される場合は、障害認定日には日本国籍がなかったにもかかわらず、この国籍要件を考慮せず年金が支給されており、これは、障害認定日における国籍要件撤廃後の改正法を遡及して適用していることを意味するにほかならない。したがって、右法の遡及適用の一事例は、被控訴人が控訴人に対して、改正法を適用できないとしていることと明らかに矛盾している。よって、右の事例と控訴人のケースとを比較すれば、改正法の適用において著しい不平等が存することは明らかである。

三  本件障害福祉年金の性質と「廃疾認定日」について

法に基づく障害福祉年金は、被控訴人の主張するように、いわゆる社会保険方式に基づく年金給付ではなく、無拠出制の全額国庫金による公的扶助の性質を有する年金給付であり、しかも単なる経過的措置による経過的福祉年金ではない。右のとおり障害福祉年金は公的扶助の性質を有するから、保険方式における「保険事故」の概念をもって、その受給権の有無ないし受給権発生時期を論ずることは誤っており、あくまで右性質を有する年金給付の受給要件として論じられなければならない。障害福祉年金に関する限り、保険事故としていかなる社会的事象をとらえ、いかなる時点をもって廃疾認定日(障害認定日)とみるかについては、何ら統一された、あるいは一貫した理論的整合性は存在しない。

したがって、控訴人の申請にかかる障害福祉年金に関する限り、控訴人が帰化を許可された昭和四五年一二月一六日、又は国籍要件を撤廃する旨の改正法が施行された昭和五七年一月一日のいずれかを廃疾認定日(障害認定日)としても、法の体系を崩すことにはならない。

四  憲法二五条に関する立法裁量に対する司法審査について

昭和五七年七月七日の堀木訴訟最高裁判決も平成元年三月二日の第一次塩見訴訟最高裁判決も、本件改正前の国民年金法の支給対象者の決定が立法裁量の領域に属するからといって、一概に司法審査の範囲外になるとの理論を採っているわけではない。そこで重要なことは、立法裁量権行使の要素となっているのがどのようなことなのかということと、右立法裁量権行使の基礎となる事実(立法事実)との関係で裁量権行使に逸脱、濫用がないのかということである。原判決は、右両最高裁判決のこのような論理構造についての認識を誤り、立法裁量権行使の要素や立法事実についての検討をなおざりにして、立法裁量権行使に違法はない旨の判断をしており、判例違背の違法がある。

次に、憲法二五条に基づく法の改正にあたって、立法裁量権行使の要素のうちでも特に強調されているのは、国の財政事情の点であり、公費負担による年金制度については、その支給対象者を決定するに際しても、常に有限な財源を念頭におく必要があるということである。ところが、この点については、対象となる人が極めて限られており、それらの人々に障害福祉年金を支給するために必要とされる財源は予算総額の一〇〇〇分の一ないし一万分の一という極めて僅かな金額であること(〔証拠略〕)から、立法裁量権行使の際に最も重視された国の財政事情の点について、本件訴訟ではその論拠とならないことが明らかとなった。

もう一つの要素である「高度の専門技術的な考察とそれに基づいた政策的判断」については、その判断の根拠には現実の国民生活の現状を踏まえなければならない。つまり、控訴人を含む「障害を持ちながら改正前の国籍要件の関係で無年金となった層としての国民」が、いかなる生活を送ることを余儀なくされているかという事実である。この点については、その日その日の生活費にも事欠くような極めて厳しい生活を送っており(〔証拠略〕)、このような「層としての国民」に障害福祉年金を保障することの必要性は、どのような理由をもってしても否定できないといえよう。

なお、本件訴訟では、〈1〉帰化外国人で、かつ障害を有している者である控訴人に障害福祉年金の支給を認めることが必要か否かという事実のみについて十分に検討し、これに障害福祉年金の支給を認めないことが立法裁量の逸脱・濫用になるかを判断すれば足りるのであり、原判決が問題とする〈2〉帰化していない外国人で年金を支給されていない者や、〈3〉日本人で年金を支給されていない者等に該当する人々に障害福祉年金が支給されているか否かは、本件訴訟とは無関係である。

五  憲法一四条違反の点について

原判決は、控訴人に障害福祉年金が支給されないことが、何故、憲法一四条一項に違反する合理的理由のない差別でないのかという点については、全く理由を述べていない。

本件で合理的理由のない差別であるか否かを検討しなければならないのは、a外国籍を有する人の中で二〇歳前に障害を負い、改正法施行後に二〇歳に達した者、及びb外国籍を有する人の中で改正法施行後に障害を負った者に対しては年金が支給されるのに対して、c控訴人のように日本国籍を有する障害者でありながら年金を受けられない者がいることについてである。一方で日本国籍を有していないにもかかわらず国庫負担による年金を受けられる者がいながら、他方で日本国籍を有しながら年金を受けられない者がいることが「平等原則」に反しないといい得るのか、これが、控訴人が原審から一貫して主張してきた問題点である。

これとは別の事例として、いわゆる「事後重障」として障害福祉年金が国籍とは無関係に支給されているケースがある。すなわち、日本国籍を有しない外国人であっても、〈1〉昭和三四年一一月一日の法施行前に初診日があり、昭和三四年の法施行後に廃疾認定日がある人であって、〈2〉廃疾認定日においては障害の程度が軽いため別表に該当せず、障害福祉年金が支給されていない者のうち、〈3〉昭和五七年一月一日以降に障害の程度が重くなり、別表に該当するようになった者に対しては、障害福祉年金が今日においても支給されている、そうした者と控訴人を比較した場合、控訴人に障害福祉年金を支給しないのは明らかに不合理的な差別である。

第一次塩見訴訟の昭和五九年一二月一九日大阪高裁判決の指摘に従い、本件に即していえば、一方で法における「国籍要件」を撤廃し、外国籍者に年金を支給しながら、他方で控訴人を含む年金制度の谷間に放置された日本国民に対して年金を保障しないまま放置することは、国際的な法原理である「自国民に対する社会権保障債務」を考慮に入れた憲法一四条の解釈に反することになる。

この点、原判決は、年金を支給する者の範囲は、本来何らかの基準で限定せざるをえないものであり、その基準を定めるに際しては立法府の広い裁量にゆだねざるを得ないとしているが、そこで問題となるのは、まさに「立法府が定めた基準の合理性」であり、その基準が国際的な法原理である「自国民に対する社会権保障債務」を考慮に入れた憲法一四条の解釈に照らして妥当か否かの判断である。つまり、「自国民に対する社会権保障債務」からみて、障害福祉年金を自国民よりも外国籍者の方により優遇して給付することが「平等原則」に反しないかということである。この判断を行うのは、立法府の責務ではなくまさに裁判所の責務であるが、原審はこの判断を結果的に回避してしまっている。

仮に、どのような者に対して障害福祉年金を支給するかについては立法府の裁量が認められるとしても、昭和五七年の法改正により第二次的にしか保障されない外国人に対しても無拠出制による国庫負担部分が支給されることになるのに、第一次的な社会保障の対象者である日本人である控訴人に国庫負担部分が支給されないというのは、立法府の合理的な裁量権の範囲を逸脱しているといわざるを得ない。

しかも、控訴人と同じ条件にある者に対して障害福祉年金を支給することは、その者はごく少数であるから、財政的負担はさほど大きくなく、そうだとすれば、第一次的社会保障対象者である日本国民に僅かの国庫負担部分の支給を認めないとしながら、第二次的社会保障対象者である外国人に多額の国庫負担部分の支給を認める合理性はなく、そこには立法府の裁量の逸脱がある。

(控訴人の主張―その二)、

控訴人の新しい主張の要旨は、控訴人は、国民年金制度が発足した昭和三四年一一月一日当時日本国民でなく、昭和四五年一二月一六日帰化したことにより始めて国民年金法の対象者となった。このような者に対する障害福祉年金については、控訴人が帰化した昭和四五年一二月一六日か国籍要件が撤廃された昭和五七年一月一日のいずれかを廃疾認定日(障害認定日)としてこれを支給すべきであるということであるが、その詳細は、次のとおりである。

一  本件処分は、本件附則を適用し、控訴人の障害福祉年金の受給権を否定した。これに対し、控訴人は、これまで本件附則の適用を排して、法八一条にもとづいて障害福祉年金を支給せよと主張してきた。

しかし、ひるがえって考えてみるに、控訴人は、昭和四五年一二月一六日に帰化したことによって日本国籍を取得しており、昭和五七年一月一日時点では「難民」でないばかりか、日本国籍を有しない者でもなく、れっきとした日本国民であったから、もともと難民条約整備法及び本件附則の適用対象者ではない。

本件附則は、障害福祉年金が支給されなかったり、受給権が失権するという国民年金法上の権利消滅事由ないし権利障害事由としての事実が発生又は消滅した場合に、従前の法的効果を覆さないことを目的として適用される規定である。控訴人に対する障害福祉年金は、右のような事実の発生によって不支給となったり、受給権を失ったものではないから、控訴人には本件附則の適用はそもそも予定されていなかったのである。

二  また、控訴人は、国民年金制度の発足した昭和三四年一一月一日時点においては日本国民ではなく、その時点では、控訴人に対しては国民年金法自体の適用がなかったのであるから、その後帰化して日本国民になり障害福祉年金等の年金支給対象者となった控訴人に対する関係では、当初からの年金支給対象者を予定して定められていた旧法三〇条や同法五六条一項の廃失認定日あるいは同法八一条一項に関する解釈上の廃疾認定日をそのまま適用することはできないということになる。

旧法は、外国籍の人が帰化によって国民年金保険の加入者となることを予測していながら(このことは、旧法八条が「日本国民となった日」を国民年金保険の資格取得の一事例として掲げていることからも明らかである)、帰化した日本国民に対する廃疾認定日に関する直接の規定を設けていなかった。まさに立法の不備というべきである。このような場合に、帰化した日本国民に対する廃疾認定日の規定がないことだけをもって、帰化した日本国民に対する年金支給を否定するなら、結果的に、帰化した日本国民を国民年金制度から排除することとなり、旧法が帰化した日本国民を適用対象者とすることを明確にした旧法八条を没却する自己矛盾の結論をもたらすことになる。そうならないためには、控訴人のような帰化した日本国民に対しては、障害認定日に関する限り、他の規定のうちで類似した規定を適用ないし準用することによって右矛盾を生じない解釈を行う必要がある。

三  そこで、いずれも障害福祉年金ないし障害基礎年金の支給に関する規定である旧法五七条ないし現行法三〇条の四をみてみると、右各条項は、廃疾認定日(障害認定日)を「二〇歳に達した日」としているが、これは、国民年金の加入資格を取得するのが二〇歳に達した日にほかならないことからすれば、「同法の適用対象となった日」というのと同旨である。とするなら、本件については控訴人が帰化により国民年金保険の加入資格を取得した日をもって、廃疾認定日として扱うことは、国民年金全体の体系に適っているものである。帰化によって日本国民となり国民年金の加入資格を取得した場合と、満二〇歳に達したことによって国民年金の加入資格を取得した場合とを区別(差別)する合理的理由はない。

こうしたことは、類似の事例に照らしてみてもいえる。すなわち、〈1〉奄美群島、小笠原諸島及び沖縄が日本に返還されて、これらの地域に居住する日本国民に対して国民年金法が適用されるようになった場合及び〈2〉障害の種類が緩和ないし拡大されて、それまで対象外とされた障害を持つ国民に対して同法が適用されるようになった場合において、これらに関する改正法施行日が廃疾認定日とされたことにかんがみるならば、控訴人についても、〈1〉帰化して日本国民となり、年金支給の対象者になった昭和四五年一二月一六日か〈2〉国籍要件が撤廃された昭和五七年一月一日のいずれかを廃疾認定日(障害認定日)とすると解釈するのが正当であり、それが「国民皆年金」の立法の精神と憲法二五条、一四条に合致するというべきである。そして、右廃疾認定日を帰化の日とする立場に立てば、そもそも難民条約批准による法改正を待たずに、控訴人には障害福祉年金受給権が発生したというべきであり、もしくは少なくとも国籍要件を撤廃し、外国籍の人をも法の適用対象者とした時点である昭和五七年一月一日が、障害認定日であり、この日には障害福祉年金の受給権が発生した、ということになる。

(被控訴人の主張)

一  本件附則の特異性、本件障害福祉年金の法的性質と「廃疾認定日」について

控訴人の申請にかかる障害福祉年金は、拠出制の社会保険方式を採る障害年金を補完する障害福祉年金のうち、国民年金制度が発足した時点で既に一定の保険事故(老齢、障害、死亡)という所得喪失事故が発生しているが、国民年金制度がより早い時点で設けられておれば拠出制年金が受けられたと考えられる者である場合に、これを救済する趣旨で設けられた制度発足的な経過措置による経過的な福祉年金である。

また、公的扶助制度として典型的な生活保護では、現在の所得の喪失による生活の困窮という個別の事情を調査し、その実情に応じた最低限度の生活を保護するための支給を行うのに対し、年金制度においては、一定の範囲の者を対象とし、老齢、障害等の所定の保険事故について、画一的、定期的な年金を支給して将来の所得喪失により生活が損なわれるのを防止しようとするものである。そして、無拠出制の障害福祉年金においても、受給者の所得による制限を設けてはいるが、しかし、これは、定型化された保険事故の発生に際して、本人、配偶者及び現に生計を維持している扶養義務者に一定以上の所得があるかどうかを判断するだけであって、財産等の活用の有無や他の親族からの扶養の有無等の個別的事情は問題とならず、給付額についても定型化された給付がなされるものであるから、やはり無拠出制年金においても、これを公釣扶助としてとらえるべきものではない。

そして、拠出制を基本とする社会保険制度としての国民年金制度における公平とその存続・維持を図るため、保険事故発生時という一時点をとらえて年金給付を行うものであることから、控訴人の申請にかかる障害福祉年金では、右のとおり経過的な福祉年金であるがゆえに、昭和三四年一一月一日を廃疾認定日として受給権を発生させるものである。

したがって、控訴人については、廃疾認定日である昭和三四年一一月一日の時点における旧法が求めていた国籍要件を満たしていないことから受給権が発生せず障害福祉年金が支給されないのであって、このことは、難民条約整備法による改正によって国籍要件が撤廃された後においても、控訴人の廃疾認定日が法改正前である以上何ら異ならないのであって、法改正によって直ちに控訴人に受給権が発生するものではない。

また、本件附則が注意的な規定にすぎないことは、原判決のみならず第一次塩見訴訟控訴審判決においても認定されているとおりであり、この点に関する控訴人の主張は独自の見解といわざるを得ない。

控訴人に関する廃疾認定日について、控訴人が帰化した時点又は国籍要件撤廃の改正法が施行された日とすべきとの控訴人の主張は、立法政策的にそうすることも可能であったということにすぎない。

また、難民条約整備法は、我が国が難民条約等へ加入するにあたって国内法を整備するために制定された法律であり、国籍要件撤廃の対象自体は「難民」に限定されていないが、その目的とするところは、難民条約等への加入という人道的見地からなされたものであって、過去の国籍要件の設定そのものが不合理であったという理由でなされたものではない。したがって、本件附則が難民条約整備法の立法趣旨に反するということはできない。

二  改正法の不遡及的効力について

被控訴人はもとより原判決においても、法改正前の障害福祉年金の支給を問題としているのではなく、法改正後における年金の支給を問題としていることは明らかである。しかし、法改正後の年金の支給に関しても、改正法の効果が過去に遡及しないから、控訴人は、障害福祉年金の受給権を満たさないこととなるのである。

障害福祉年金は、拠出制を基本とする社会保険方式を採る国民年金制度の中の一つとして、ある一時点(廃疾認定日)において支給要件を満たしているかどうかに着目して年金の支給を行う以外に方法がなく、控訴人の場合は、廃疾認定日である昭和三四年一一月一日において日本国籍を有していなかったことから、障害福祉年金が支給されないのである。

したがって、法改正によって国籍要件が撤廃されたからといっても、それは、法改正後に廃疾認定日がある者については国籍要件が必要でないということであって、過去においても国籍要件が必要でなかったということにはならない。また、昭和三四年一一月一日の廃疾認定日において、控訴人が日本国籍を有しなかったという事実が法改正により「消滅」するものでもない。

三  憲法二五条に関する立法裁量に対する司法審査について

立法府は、立法措置について広範な裁量権を有しているのであって、司法審査におけるその審査の対象、内容についても自ずと制約があるのはいうまでもないことであり、憲法二五条に関しても堀木講訟最高裁判決及び第一次塩見訴訟最高裁判決に判示されているように、具体的にどのような立法措置を講ずるかの選択決定が「著しく合理性を欠き明らかに裁量の逸脱・濫用と見ざるをえないような場合」のみが、司法審査の対象となるのであって、右両最高裁判決も、このような観点から各々検討を加えて、著しく合理性を欠くところがなく、明らかに裁量の逸脱・濫用と見ざるをえない場合にもあたらないことから、立法府の裁量の範囲に属する事柄であると判断して、憲法二五条に違反するものではないとしているのである。

したがって、本件訴訟の憲法二五条に関する立法裁量においても、検討されるべきは、控訴人が主張するような基礎となる事実(立法事実)との関係におけるあるべき裁量権行使のあり方いかんというようなことではなく、「著しく合理性を欠き明らかに裁量の逸脱・濫用と見ざるをえない場合」に当たるか否かなのである。原判決においても、このような観点から事実関係について検討を加えた上で、控訴人に対して障害福祉年金を支給しないことが憲法二五条に反しないと判断したのであり、原判決の判断には誤りや判例違背の違法は何ら存しない。

控訴人は、本件の場合は必要とされる財源が極めて僅かであることを強調し、また、国籍要件の関係で無年金となった「層としての国民」が極めて厳しい生活を送っているとして、立法裁量の逸脱・濫用は明らかである旨主張するが、年金の支給によって増加する費用をどのように評価し、どのように考慮するかは、まさに立法府のなすべき事柄であって、その額が予算全体の規模からして相対的に少額であるからといって、直ちに立法裁量の範囲から逸脱するものとは到底いえるものではない。また、立法府は財政事情のみによって裁量権を行使するものではないし、さらに、財政負担を帰化した日本人で、かつ障害を有している者の数のみによって算出し、それが少額であったとしても、そのことから直ちに立法府の裁量に逸脱・濫用があるとすることもできない。

さらに、控訴人を含む無年金の障害者の生活実態に関する主張についても、生活に困窮する者を国が援助する制度としては、生活保護制度もあり、生活実態から直ちに、立法府の裁量に逸脱・濫用があるということはできない。そもそも障害福祉年金は、将来の所得の喪失によって生活の安定が損なわれることを自己責任と共同連帯によって防止しようとする社会保険制度たる国民年金制度の中の一つの制度であり、生活保護制度に代表される公的扶助制度のように具体的な生活事情に応じて支給されるものではない。

なお、控訴人は、前示控訴人の主張四項なお書きのとおり主張するが、ある新たな制度を検討する場合には、それによる他への影響や他との均衡を考慮すべきは立法府として当然のことであり、帰化日本人とこれ以外の者への年金支給の問題は、立法裁量として当然に考慮されるべき事情の一つであって、両者は全く無関係ではなく、原判決の判断は正当である。

四  憲法一四条違反の点について

国籍要件の撤廃によって全ての外国人に障害福祉年金が支給されるようになったわけではなく、控訴人と同様に難民条約整備法による法改正以前に障害が固定した外国人には障害福祉年金は支給されないのであるから、自国民よりも外国人を優遇しているものではない。

のみならず、自国民を在留外国人より優先的に扱うことは許されるべきであり、支給要件に日本国籍を有することを要件とすることに合理性が認められる上、拠出制を基本とする社会保険方式を採る国民年金制度の中で、経過的な障害福祉年金においては、その保険事故発生時点として、国民年金制度が発足した昭和三四年一一月一日を廃疾認定日として同日に日本国籍を有することを要件とすることにも合理性が認められることが明らかである。そして、難民条約整備法による法改正においても、かかる国籍要件の合理性が肯定されている以上、控訴人の主張するような違憲の状態は生じていないものであって、法改正後においても法改正前の状態がそのまま続いているにすぎない。

したがって、控訴人に障害福祉年金が支給されないことが憲法一四条に違反する合理的理由のない差別といえないことは明らかである。

第一次塩見訴訟控訴審判決は、控訴人が廃疾認定日において日本国籍を有していなかったことから障害福祉年金を支給されないことが合理性を有するものであることの理由として、日本人と外国人との間に差を設けることが不合理でない旨を述べているのであって、自国民に対する社会保障責務を国がなおざりにしている、ないしは控訴人に年金を保障しないまま放置することは憲法二五条、一四条の解釈に反するというような控訴人の主張に直ちに結び付くものではない。また、控訴人は、現在日本国籍を有することから、控訴人を含む自国民と外国籍者を対比して、自国民に対する社会保障責務を国がなおざりにしながら、外国籍者に年金受給権を保障した旨主張するが、廃疾認定日等の他の要素を無視して、単純に自国民と外国籍者を対比すること自体、意味のないことである。

控訴人に障害福祉年金が支給されないのは、廃疾認定日において控訴人が日本国籍を有していなかったからであり、これが合理性を有するものであることは、国民年金制度の仕組み、法律不遡及の原則、年金法改正の趣旨などから、これまで繰り返し主張してきたとおりである。

五  控訴人の場合の「廃疾認定日」と障害福祉年金の発生について

旧法八一条は、障害福祉年金の支給について定めた規定であり、同項が昭和三四年一一月一日において二〇歳を超える者が、同日において所定の廃疾の状態にあるときは、「五六条一項本文の規定にかかわらず、その者に同条の障害福祉年金を支給する。」と規定していたところから、旧法五六条一項但書に該当する場合、すなわち、廃疾認定日である昭和三四年一一月一日において日本国籍を有しない場合には、旧法八一条一項に定める障害福祉年金が支給されない。旧法八一条一項及び旧法五六条一項の適用関係については、このように解する以外になく、このことは第一次塩見訴訟控訴審判決も認めているところである。ましてや、法が控訴人の本件障害福祉年金に関して廃疾認定日の規定を欠いているとの主張は、控訴人独自の見解といわざるを得ない。

控訴人は、奄美群島等が日本に返還されたときの例等を挙げ、控訴人に関しては、帰化して日本国民となった日又は国籍要件を撤廃する改正法が施行された日を廃疾認定日とすべきである旨主張するが、廃疾認定日の設定に関しては、本件の障害福祉年金が国民年金法の施行に伴う経過的な年金であるところから、法施行日である昭和三四年一一月一日を廃疾認定日とすることに何ら不合理な点はなく、このことは第一次塩見訴訟最高裁判決においても認められているところである。

第三  証拠関係

原審及び当審各訴訟記録中の証拠関係員録に記載のとおりであるから、これを引用する。

第四  当裁判所の判断

当裁判所も、被控訴人の本件処分(被控訴入が昭和六〇年三月一九日付で控訴人の障害福祉年金裁定講求を理由がないとして却下した行政処分)を違法であるとして、その取消しを求める控訴人の請求は理由がなく、これを棄却すべきであると判断する。その理由は、次のとおり原判決を訂正等し、控訴人の主張に対する当裁判所の判断を付加するほか、原判決の事実及び理由中の「第三 判断」欄(原判決九枚目表末行冒頭から同二〇枚目裏九行目末尾まで)に示されているとおりであるから、これを引用する。

(原判決の訂正等)

一  原判決一〇枚目裏四行目の「第八号証」の次に「及び弁論の全趣旨」を加える。

二  同一九枚目裏二行目の「述べたところ」を「述べたところから」と改める。

(控訴人の主張に対する当裁判所の判断)

当裁判所の判断の骨子は、〈1〉本件附則を控訴人が主張するような極めて特異なものと解することはできない、〈2〉旧法五六条一項ただし書の規定(国籍条項)及び昭和三四年一一月一日以降に帰化により日本国籍を取得した者に対し旧法八一条一項の障害福祉年金を支給しないことは立法府の裁量の範囲に属することであって合理性を欠くとはいえず、憲法二五条、一四条の規定に反するものではないと考えられること(第一次塩見訴訟最高裁判決)に照らしてみると、控訴人の生活実態や昭和五六年改正後の外国籍者に対する障害福祉年金の支給等控訴人が指摘するところを考慮に入れてみても、本件附則に従い控訴人に法八一条一項の障害福祉年金を支給しないことが憲法二五条、一四条に違反するとはいえない、〈3〉右障害福祉年金の経過的な救済措置としての性質からみると、控訴人の帰化の日又は国籍要件撤廃の改正法が施行された日をもって廃疾認定日(障害認定日)とすべきであるとする控訴人の主張は採用できないということであるが、これを控訴人の主張に即して述べると、次のとおりである。

一  控訴人は、難民条約整備法による改正後の法の構造からみて、本件附則がなければ、控訴人は、昭和五七年一月一日以降の障害福祉年金の受給要件を満たしているのであって、本件附則は本則の改正によって発生した控訴人の権利を改めて否定し侵害する極めて特異な効力を有する規定であり、注意的規定等ということはできない旨主張する。

しかしながら、控訴人の本件障害福祉年金裁定請求は、本来、右改正後の法八一条一項に定める障害福祉年金の受給権を有することを根拠とするものであるところ、右の障害福祉年金の支給に関しても当然に旧法五六条一項ただし書の規定(国籍条項)の適用があるから、当該障害福祉年金は、廃疾の認定日である昭和三四年一一月一日において「日本国民」でない者に対しては支給されないものと解すべきであることは、原判決だけではなく第一次塩見訴訟最高裁判決でも既に示されているところである。

控訴人は、廃疾認定日である昭和三四年一一月一日において日本国籍を有しておらず、同日、旧法五六条一項ただし書の「日本国民」に該当していなかったから、そもそも難民条約整備法による改正前から旧法八一条一項の障害福祉年金の受給要件を満たしていないものであり、同年金の受給権を有するものでなかったといわざるを得ない。

そして、本件附則は、原判決にも示されているとおり、国籍要件を撤廃した右改正後の法が遡及的な効力を有しないことを念のために確認した注意的規定にすぎないというべきであり、控訴人主張のように、既得の権利、利益を侵害する効力を持った特異な規定であるとすることはできず、本件附則によって控訴人の受給権が消滅させられたり侵害されたと解する余地はない。

また、控訴人は、本件附則が難民条約整備法の立法趣旨に違反している旨主張するが、難民条約整備法は、我が国が難民条約等へ加入するに伴い国内法を整備するために制定された法律であり、その目的とするところは、難民条約等への加入という人道的見地からなされたものであって、国籍要件の存在が不合理であることを理由にこれを撤廃したものではないから、本件附則が難民条約整備法の立法趣旨に反するということはできない。控訴人の主張は、いずれも理由がない。

二  控訴人は、国籍要件を撤廃した改正法を廃疾認定日である昭和三四年一一月一日に遡って適用すべきである(改正法の遡及的効力)と主張しているのではなく、改正法によって、控訴人には、その施行日である昭和五七年一月一日以後における障害福祉年金の受給権が発生したものであると主張し、本件附則はこれを改めて否定し侵害するものである旨主張する。

右主張のうち、国籍要件を撤廃した改正法が、その施行以前の法律関係に遡って適用されるものでないことは、例外として遡及的効力を認める特別の定めが存しない以上、いわゆる法律の不遡及の原則に照らし、当然である。

しかしながら、改正法によって控訴人にその施行日以後の障害福祉年金の受給権が発生したとする点については、控訴人主張のように解することはできない。何故ならば、改正法は、その施行日である昭和五七年一月一日以後に保険事故が発生した者について、国籍要件を撤廃したにすぎず、同法が、廃疾認定日の昭和三四年一一月一日に国籍要件を具備しないため受給権を有していなかった者に、国籍要件を具備したことにして、その施行日以後の障害福祉年金の受給権を発生させる趣旨のものでないからである。そして、本件附則は、前示のとおり改正法に遡及的効力のないことを確認した注意的規定にすぎず、同附則が、改正法によっていったん発生した障害福祉年金の受給権を消滅させる効力を持った特異な規定と解することができないことも明らかである。

なお、事後重症者につき年金実務上控訴人主張のような年金支給が行われているとしても、それが改正法を遡及して適用していることを意味するものとは速断できず、そのことから直ちに改正法の遡及的効力が認められるべきであるとすることにはならない。控訴人の主張は、いずれも理由がない。

三  控訴人は、法に基づく障害福祉年金は無拠出制の全額国庫金による公的扶助の性質を有するから、拠出制の保険方式における「保険事故」の概念をもって受給権の有無等を論ずることは誤っており、控訴人に関する限り、控訴人の帰化が許可された日又は改正法が施行された日のいずれかを廃疾認定日(障害認定日)とすべきである旨主張する。

しかしながら、当該障害福祉年金は、原判決にも示されているように、拠出制の保険方式による国民年金制度の発足時に保険事故が発生しているが、これに依れない一定の者を救済する趣旨で設けられた無拠出制の全額国庫負担による年金であって、あくまで制度発足的な経過措置による経過的又は補完的な福祉年金であり、無拠出制で全額国庫負担によるとはいえ、生活の困窮という個別の実情に応じた最低限度の生活を保護するための生活保護のような公的扶助制度とはおのずから性質の異なるものである。

そして、障害福祉年金は、国民年金例度における公平とその存続・維持を図るため、一定の保険事故(老齢・障害・死亡)発生の一時点をとらえて年金給付を行うものであり、本件に即していえば、昭和三四年一一月一日の廃疾認定日を基準として受給要件を定め、これに該当する者に受給権を発生させたものである。したがって、改正法により国籍要件が撤廃されたからといって、控訴人の廃疾認定日が昭和三四年一一月一日であることに変わりはなく、その時点において国籍要件をみたしていない以上、法改正後において控訴人に障害福祉年金の受給権が発生するものと解すべき理由はない。

控訴人の主張は、控訴人の障害福祉年金の受給要件にかかる廃疾認定日(障害認定日)につき、法の趣旨や明文の文言に反した解釈適用をしようとするものであって、採用することができない。

四  控訴人は、改正前の法による国民年金法支給対象者の決定が司法審査の対象となり得るのに、原判決が立法裁量権行使の要素や立法事実についての検討をなおざりにして、立法裁量権行使に違法がない旨の判断をしたのは、堀木訴訟や第一次塩見訴訟の各最高裁判決に違背している旨主張する。

しかしながら、堀木訴訟最高裁判決及び第一次塩見訴訟最高裁判決が憲法二五条に関して「具体的にどのような立法措置を講ずるかの選択決定は、立法府の広い裁量にゆだねられており、それが著しく合理性を欠き明らかに裁量の逸脱・濫用と見ざるをえないような場合を除き、裁判所が審査判断するに適しない事柄である。」と判示していることから明らかなように、司法審査の対象となるのは憲法二五条の規定に基づく立法措置が「著しく合理性を欠き明らかに裁量の逸脱・濫用と見ざるをえないような場合」に限定されるのであって、右両最高裁判決も、このような観点から各々検討を加えて、当該立法措置が著しく合理性を欠くことがなく、明らかに裁量の逸脱・濫用と見ざるをえない場合にも当たらないことから、立法府の裁量の範囲に属する事柄であると判断し自て、憲法二五条に違反するものではないとしているのである。

したがってん本件訴訟の憲法二五条に関する立法裁量においても、国民年金制度の発足当時国籍要件を欠いていた者に障害福祉年金を支給しないことが「著しく合理性を欠き明らかに裁量の逸脱・濫用と見ざるをえないような場合」に当たるか否かが検討されるべきであるところ、原判決は、このような観点から事実関係について検討を加えた上で、控訴人に対して障害福祉年金を支給しないことが憲法二五条に反しないと判断しているのであり、原判決の判断に判例違背の違法はないというべきである。

控訴人は、本件の場合は年金支給の対象者が極めて限見られ、必要とされる財源が予算総額の一〇〇〇分の一ないし一万分の一という極めて僅かな金額である。また、障害を持ちながら国籍要件の関係で無年金となった「層としての国民」の生活実態が厳しいとして、立法裁量の逸脱・濫用は明らかである旨主張するが、立法府は財政事情のみによって裁量権を行使するものではないし、原判決が判示するとおり、帰化した日本人で、かつ障害を有している者の数のみによって財政負担を算出し、それが予算全体の規模からみて相対的に少額であるからといって、そのことから直ちに立法府の裁量に逸脱・濫用があるとすることもできない。さらに、右の生活実態に関する主張についても、そもそも障害福祉年金は、将来の所得の喪失によって生活の安定が損なわれることを自己責任と共同連帯によって防止しようとする社会保険制度たる国民年金制度の中の一つの制度であり、生活保護制度に代表される公的扶助制度のように具体的な生活事情に応じて支給されるものではなく、生活実態から直ちに、立法府の裁量に逸脱・濫用があるということはできない。

その限られた財源の下で福祉的給付を行うにあたり、自国民を在留外国人より優先的に取り扱うことも、許されるべきことと解され、したがって、旧法八一条一項の障害福祉年金の支給対象者から在留外国人を除外することは、立法府の裁量の範囲に属する事柄であるとみるべきであることは、原判決、第一次塩見訴訟最高裁判決において判示されているとおりである。そして、このことは、後に改正法により国籍要件が撤廃されたとしても、また、控訴人が帰化して日本国籍を取得したとしても、あくまで廃疾認定日である昭和三四年一一月一日時点の国籍要件の存否が問題である以上、何ら変わりはないというべきである。

なお、控訴人は、前示控訴人の主張四項なお書きのとおり主張するが、ある新たな制度の創設が問題となる場合に、それによる他への影響や他との均衡を考慮に入れて検討すべきは立法府として当然のことであり、帰化した日本人への年金支給の検討にあたって、これ以外の者への年金支給をどうするかは、立法裁量として当然に考慮されるべき事情の一つとなるものであり、両者は全く無関係ではなく、この点に関する原判決の判断は正当である。

五  控訴人は、原判決は本件障害福祉年金が支給されないことが、何故、憲法一四条一項に違反する合理的理由のない差別でないのかという点について全く理由を述べていない旨主張する。

しかしながら、国籍要件の撤廃によって全ての外国人が障害福祉年金の支給を受けられるようになったわけではなく、控訴人と同様に難民条約整備法による法改正以前に障害が固定した外国人には障害福祉年金は支給されないのであるから、自国民よりも外国人を優遇しているものではない。のみならず、前示のとおり、自国民を在留外国人より優先的に扱うことは許されるべきと解され、障害福祉年金の支給につき日本国籍を有することを要件とすることに合理性が認められる上、拠出制を基本とする社会保険方式を採る国民年金制度の中で、経過的な障害福祉年金においては、その保険事故発生時点として、国民年金制度が発足した昭和三四年一一月一日を廃疾認定日として同日に日本国籍を有することを要件とすることにも合理性が認められることが明らかである。そして、難民条約整備法による法改正においても、かかる国籍要件の合理性が肯定されている以上、控訴人の主張するような違憲の状態は生じていないものであって、法改正後においても法改正前の状態がそのまま続いているにすぎない。

したがって、控訴人に本件障害福祉年金が支給されないことが等憲法一四条に違反する合理的理由のない差別であるということはできない。

なお、控訴人は、第一次塩見訴訟控訴審判決を自已の主張に有利に援用しているが、同判決は、控訴人が廃疾認定日において日本国籍を有していなかったことから障害福祉年金を支給されないことが合理性を有するものであることの理由として、日本人と外国人との間に差を設けることが不合理でない旨を述べているのであって、控訴人に年金を保障しないまま放置することは憲法二五条、一四条の解釈に反するというような控訴人の主張に直ちに結び付くものではない。また、控訴人は、控訴人を含む自国民と外国籍者を対比して、自国民に対する社会保障責務を国がなおざりにしながら、外国籍者に年金受給権を保障した旨主張するが、廃疾認定日等その他の要素、事実関係の相違を無視して、単純に自国民と外国籍者を対比しても、余り意味があるとは思われない。

控訴人が障害福祉年金の支給を受けられないのは、廃疾認定日において控訴人が日本国籍を有していなかったからであり、国民年金制度の仕組み、法律不遡及の原則、年金法改正の趣旨などに照らせば、右の取扱いはその合理性を有するものというべきであり、これを憲法一四条一項に違反するものということはできない。このことは、控訴人が後に帰化して目本国籍を取得したとしても変わりはないというべきである。

六  控訴人は、難民条約整備法が施行された昭和五七年一月一日の時点では控訴人は難民でなくれっきとした日本国民であったから、本件附則はそもそも控訴人に適用されるべきものではなかったし、他方、国民年金制度発足当時、控訴人は日本国民でなく外国人であったから控訴人には国民年金法自体の適用がなかった、したがって、廃疾認定日についても同法の適用はなく、このような立法不備の場合には控訴人につき帰化が許可された日又は改正法の施行日をもって廃疾認定日(障害認定日)と解釈すべきである旨主張する。

しかしながら、控訴人の本件障害福祉年金裁定請求は、法八一条一項の障害福祉年金に関するものであるところ、右障害福祉年金が制度発足当時に設けられた経過的な年金であることは前示のとおりであり、このような右障害福祉年金の性質に照らすと、控訴人が新らたに主張するところを考慮に入れても、廃疾認定日(障害認定日)を控訴人が帰化した昭和四五年一二月一六日か国籍要件が撤廃された昭和五七年一月一日のいずれかとすべきであるとする控訴人の主張はたやすく採用できない。

この点については前記三の判示も参照。

第五  よって、本件処分の取消しを求める控訴人の請求は、理由がなく、これを棄却した原判決は相当であるから、本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 上野茂 裁判官 竹原俊一 塩月秀平)

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